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「草月いけばな展」での私、高木の作品について

いつもHana花房をご愛顧下さり、ありがとうございます。

11月3日(木)~8日(火)まで「第93回 草月いけばな展」が
東京、日本橋高島屋の8階催事場で開催され
私、高木智奈世は「後期/6日(日)~8日(火)」の3日間
個人作品で出品しました。

ここで、私の出展作品について、投じた想いを綴らせていただきます。

流展での個人作は10年ぶりでしたので、久しぶりの大舞台。
しかも震災後、草月流としても各展覧会を控えていたため
今回の展覧会は、草月作家でもハイレベルな方々ばかりの参加であり
震災があったこそ感じ入ることができた「花のちから」がテーマとなった展覧会でした。

いけばなの世界に入ったのは15歳ですが
そこから会社員を経験してから、花の世界へ戻り、究め、研鑽を続けてきた私。
作品には作家の今ある姿が投影されることは十分に理解できるだけに
年齢を重ねてきたからこそ荷物を一度足元に下ろして
しばし考える時間を自分に与えてみました。

この夏、友人から「祖母がやっていたいけばなの器がたくさんあるんだけど
高木さん、受け取ってくれませんか?」と連絡を受け、伺った時に出会った花器。
その中で強く心揺さぶれた器、それが今回に作品の器となりました。
器を前にした途端、私の中で創造力がフツフツを沸き起こり
9月のデザイン提出日の一週間前には、既にデッサン画が書けていました。

花材として選んだのは「大輪の白ダリア」「山帰来(サンキライ)の実」「石化柳」です。
それぞれに私の想いがありました。

【大輪の白ダリア】
東日本大震災で被害をうけた方々への追悼の意を…。
そして、純白であることでの慎ましい姿と
大輪の花びらが持つしたたかでしなやかな艶やかさを、そのまま素直に表現しました。
大人の女性であるからこそ使うことができる白くて大きなダリア。
私が女性であり続けることができるのは、お花をお手本としているからなので
その花達への尊敬と感謝を、大輪の白いダリアに込めました。
また、ダリアは水揚げが悪いというイメージで展覧会で使われることは殆どないのですが、早朝の花市場に通いつめている私だからこそ
品質の良いダリアを選ぶことができる、と…。
良い品を厳選できる、プロとしての誇りも投じました。

【山帰来(サンキライ)の実】
私が花の仕事をする覚悟を決めるきっかけを与えてくれた友人が
花の名前もあまり理解できてなかった当時の私に
「この実はサンキライといって山帰来と書くの、日本語って奇麗よね♪」と
笑顔で教えてくれた印象深い実ものです。
実ものは縁起が良いですから、自分のブーケにもこの実を入れたくらい
私のお気に入りとなりました♪
その友人は書道の達人でもあったので
「Hana花房」を立ち上げる時に看板となるロゴも書いてくれましたが
病に倒れ、今は空から私を見守ってくれている大切な人。
今回、この実をあえて使ったのは
花の仕事をする覚悟を決めた原点に戻りたかったから、かもしれません。

【石化柳(セッカヤナギ)】
この柳のもつ流れが、世の中の流れを思わせる力に見えました。
こだわりを持たずに世の流れに流される、だけど翻弄されない…、それが今の私です。
苦手意識を持たず、なんでもチャレンジする。
不可能を可能にしてしまう力は
日頃、自分がどうありたいか、と思う気持ち次第だと私は感じています。
だからこそ、どんなに大きなうねりが来ようとも
それを受けて立つ、という心意気を石化柳に投じてみました。
そして、左奥に抜けの部分をあえて作ることで、風通しをよくしました。
ぐるぐるしていてもダメ!
風通しがよくなければ、笑顔は連鎖していきませんものね。
さらに、柳のうねりをもってして日本経済がよりよく循環していく願いも込めました。

「草月いけばな展」での作品つまり、今回の作品に選んだ花材たちは、私が原点に返ることができる花であり、今ある姿であり、願いです。

そして、ひとりの女性として
慎み深く美しくありながら、したたかに、たおやかに、、、と。

作品は3日間だけの儚い命でしたが
私にとっては力を出し尽くした作品であったので、宝物がまたひとつ、増えたように感じています。

投じた思いを新しい一歩にかえて、顔をあげて、胸を張って、正々堂々と、いただくお仕事の1つ1つに心を込めていきたいと思っています。

応援して下さった方々に、お忙しい最中に会場にかけつけて下さった方々に、
心から感謝いたしたします。
 

高木智奈世のサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像これからも、引き続き応援して下さい。
どうぞよろしくお願いいたします。

2011年11月9日(水)
高木智奈世